2019年7月21日日曜日

7月21日(日)J.M. クッツェー「恥辱」読書会の開催報告


以下、読書会当日に参加者同士で話し合った主な内容です。



※おやまが記憶を頼りに編集しているため、
 抜け漏れ、言葉足らずな箇所、間違っている箇所も多々あるかと思いますが、
 ご海容ください。

<作品の難解さについて>

・南アフリカの状況やアパルトヘイトについて詳しく知らないため難しかった。
 自分が難しく感じた部分をどう読んだかが知りたい。
 →南アフリカは平均寿命が40代後半、殺人による死者が50名以上/日(日本の100倍以上の割合で発生)など、
  数値だけ見ても現代日本と大きく違う部分がある。

・初めて読んだとき、理解が追い付かず、出来事が通り過ぎていくように感じた。
 それぞれの出来事に背景があるのはわかったが、その背景を結び付けていくのが難しい。
 男女の話でもあるが、南アフリカという国の持っている歴史も物語に厚みを持たせているのでは。

・文体が独特で、主人公が自分の本心を語っているのか疑問に思った。
 どことなくカズオ・イシグロ「日の名残り」っぽい感じがした。
 →燃やされているシーンなど、あえて自分を突き放すことで冷静になろうとしているのではないか。
  →自分で自分のことをわかっていないから、自分以外の他者と関わることで、
   ようやく自分が何をしているか自覚しているように思える。

・「複雑なことを表現をするのが文学者の仕事」という某作家の言葉を読んで、
 この作品がまさにそれを表しているように感じられた。

・コミュニケーション面でも、事件面でも、書かれていることがボリュームがありすぎて捌ききれないように感じた。
 読書会で人の意見を聞くことで、自分の意見をまとめることがさらに難しくなった。
 とにかくすごい本のように思えるが、人の意見を聞くことでよりすごい本ではないかという気持ちが高まった。

<主人公ラウリーについて>

・ラウリーが嫌すぎる。
 探偵を使ったり、学籍簿から住所調べたり、陰湿で怖い。
 バイロンに関する描写は中二病的に思えた。
 メラニーの彼氏がいないものとして講義を続けたり、査問を適当に済ませたり、
 逃げがちだったラウリーが、最終的には逃げなかったためその点は少し成長したのかもしれない。

・ラウリーは想像力が足りない。
 日頃から味方を作ろうとしなさ過ぎて、相手のことがわからなくなっているのではないか。
 自分から他者との共感を拒絶し、自己を貫き過ぎて行き詰っているのではないか。
 →本来共感できる能力を持っているはずなのに、それを使おうという意思がないのではないか。
  →日本人は共感ベースのコミュニケーションを重視しがちなので、日本の読者にはより違和感が増すのではないだろうか。

・最初はとにかく主人公のラウリーがダメな人間だと思ったが、
 二度読んでみたらラウリーは素直で生物に優しい人間に思えた。

・反省しているのはラウリーだけで、他の人は振り返って自分のことを考えていないように感じた。

・ルーシーが事件の後、引っ越さないのは謎だが、父ラウリーの頑固さが娘にも伝わってしまったのではないだろうか。

・ラウリーが変わるかと思いきや、変わらなかった。
 →犬への態度が変わった。動物にたいして命の尊厳を認めるようになったのでは。
  →犬と自分を重ね合わせ、犬を受け入れることが自分を受け入れることにつながったとも読める。 
   →最後にお気に入りの犬を殺したのは、早く殺して楽にさせてやりたかったからだろう。

<男と女について>

・ラウリーは性病や妊娠のことばかり気にしているが、その点がルーシーと徹底的に分かり合えないところではないか。

・ぺトラスは白人を自分の庇護下に置くという仕返しをしたつもりなのかもしれないが、
 一人の女性にたいして仕返しをするという行為はあまりにも卑劣に思う。

・ラウリーは「俺のスタイル」を押し出すことで女性を傷つけている。
 スタイルがあるのは良いかもしれないが、そのスタイルを初めから伝えておかないところが卑劣である。

・男性は社会的な恥辱を受け、女性は性的な恥辱を受けた。

<コミュニケーションと孤独について>

・コミュニケーション不全が暴力とかスキャンダルに繋がっている。
 →ラウリーにはできていないが、相手の求めていることを言うのもコミュニケーションではないだろうか。
  →相手に合わせて何かを言うことにうんざりしているからトラブルが起きた。メラニーも傷つけることになった。
   →どう考えてどう伝えるかをうまくできていない。
    地の文を読むと、状況分析して皮肉を加えてばかり生きてきたように感じる。
    →ポラックスを殴るシーンで、嫌いな意味のない罵詈雑言が、
     自分の気持ちにフィットしたことを初めて感じたのではないだろうか。
     →整理しすぎた言葉を伝えすぎて、感情のこもってない言葉ばかり使っているとコミュニケーション不全に陥るのでは。

・ラウリーが大学をやめる際のやりとりは、自分のことなのにどうでもよさそうに見えた。
 救いの手を差し伸べてもらっているのに、他者に頼る方法を知らないのではないか。
 わかっているのに反省している態度を示せないのは、プライドが高いからか。
 →妹にも手を出そうとしていることから、反省していないように思える。
  →少なくとも自分が間違っているとは思っていないと思う。
   私は悪くない、という態度を自分もとってしまうことがあるから、読んでて自分も気を付けねばと思った。
   →他人を徹底的に突き放す態度に孤独を感じ、読んでいて辛かった。
    →孤独が作品のキーワードと思った。家族間でも分かり合えないことがあると痛感させられた。
     →分かり合えなくても生きていくしかない、という態度がうかがえたが、それはある意味真理だと思う。

<その他>

・ルーシーの気持ちがわかるようでわからなかった。人間は簡単に割り切れるものではないということなのか。
 →皮肉にも、ルーシーの実母の故郷であるオランダは、南アフリカを植民地にした国だった。
  →白人としての恩恵を受け取らないルーシーは、歴史にたいするけじめをつけようとしていた。

・ルーシーが東ケープから引っ越さなかったところに、作者のご都合主義が感じられた。
 人間はそんなに強くないはずであり、ルーシーを道具にしているようにも感じられ、その点に気持ち悪さを感じた。
 事件の原因なども、ちゃんと明らかにして欲しかった。
 重たい事件を付属品のように扱って欲しくなかった。

・ベブショウの存在は何だったのか。なぜ関係をもったのか。ベブショウは導き手にならなかったのか。
 →きれいな外見の女性ばかりを求めていたラウリーがベブショウと関係をもったのは、
  東ケープの存在を受け入れたからではないか。

・前回の課題作品である堕落論とテーマが結びついていると思う。ラウリーがどんどん堕ちていってる感じがした。

・世代交代とか時代の転換を表している作品ではないか。
 モデルのある世界が終わりつつあり、混沌としているという意味では現代日本に似ているようにも感じた。